久しぶりに友人と約束をして、5月に閉店が決まっている老舗のジャズクラブに行くことにしました。少し早めにお店について玄関で待っていると彼もすぐに登場しましたが、右目を閉じた状態。理由を聞くと「白内障」になり、手術をする予定とのこと。驚きながらも二人でお店に入り、料理を注文をし、水割りを作りながら話をしていると、私の左目に突然異常発生。友人のアドバイスで目を洗ってみましたが、症状変わらず。痛みもなにもないので、そのあとは右目を閉じた友人と左目を閉じた私で近況を交換しながらジャズ演奏を堪能しました。
翌火曜日から宮崎に一泊の出張予定でした。朝支度をして家を出る前に、少し時間があったので、左目の症状をネットで調べてみると、これは網膜の損傷ではないかと気づき、迷いましたが出張をとりやめることにしました。家から歩いて30分くらい、駅の反対口にある大きめの眼科医院に長女のすすめもあり、午前中に行ってきました。
検査をしてもらうと、網膜に小さなが穴があり、出血。その影響で左目はほとんど見えない状況。「ひとまずレーザーを打ってみましょう」ということで火曜日と水曜日に2度トライしてもらいましたが、残った血が邪魔してレーザーが届かない部分があり、網膜の剥がれ具合も確認できないということで、トントン拍子で、木曜日に硝子体と白内障の同時手術を受けることになりました。硝子体手術をすると数ヶ月で白内障になる確率が高いという説明を受けました。
火曜日から土曜日まで毎日駅の反対側西口にある眼科医院に通いました。
駅の反対側はその昔、亡くなった妻と学生時代の夏休みに一緒に自動車の教習所に通った際に毎日利用したバス乗り場があったところ。この駅を利用したのもそのときが私は初めてでした。非公認の教習所で通いの合宿、2週間で免許がとれるという宣伝文句でしたが、実際に免許をもらう頃にはすっかり秋になっていました。あのときの暑い夏を思い出しました。
駅から眼科医院までの間には県立の美術館もある大きな公園があり、その端っこにポツンと不思議な構造物があります。建築家の黒川紀章氏設計の中銀カプセルタワービルのプロトタイプです。時代の先を創造するあの頃のパワーを感じるのは私だけでしょうか。公園の若い親子連れからは見向きもされない感じでひっそりと立っています。私は眼科医院へ行く際には毎回中を覗いています。そして帰り道はレトロな喫茶店でコーヒーと喫茶メシをいただく楽しみをみつけました。
網膜剥離の原因は加齢によるもの、初期症状を見逃し、早めの措置を怠ったためだと思います。自分の年齢を改めて感じました。しばらく通院しながら、再手術にならないように真面目に処方された薬と目薬を点眼して過ごしたいと思います。
手術前にエールのチャットを友人からもらい、長女も帰りを心配して病院に来てくれました。正直に嬉しかったです。

